受刑者は一般の市民と同様に、その通信についてプライバシーおよび著作権の保護を享受できるのだろうか。本稿では、シンガポール上訴裁判所(Court of Appeal、以下「裁判所」という)がこの問題に対して下した判決を紹介する。

本件[1]は、チャンギ刑務所に収監されているSyed Suhail bin Syed Zin氏ら13名の受刑者(以下「上訴人」という)が、シンガポール検事総長庁(Attorney-General’s Chambers, AGC)およびシンガポール刑務所(Singapore Prison Services, SPS)を相手取り、民法上の秘密保持権(right to confidentiality)の侵害および著作権の侵害を訴えたことに端を発する。対象となった個人通信の内容は、以下の4つのカテゴリーに分類される。(1)公共機関または政府機関に宛てた書簡、(2)シンガポール弁護士会(Law Society of Singapore)などの組織に宛てた連絡内容、(3)弁護士に宛てた連絡内容、(4)親族や友人に宛てた書簡である。
大体において、上訴人は裁判所に対し以下の事項を求めた:
(1)検事総長(Attorney-General)がSPSから上訴人の通信を取得し、上訴人の同意なくこれを開示・保有したことは、権限逸脱であり違法(ultra vires and unlawfully)であると同時に、秘密保持規定に違反するものであると確認(declaration)し、損害賠償金または衡平法上の救済(equitable relief)、あるいはその両方を認めること;
(2)検事総長が上訴人の個人通信を複製し保有したことは著作権侵害にあたると確認し、名目的損害賠償(nominal damages)を認めること;
(3)その他適切な救済を認めること。
受刑者の通信の開示に関する「慣行」について
「慣行」は原則として開示を容認
シンガポールでは、内務省(Ministry of Home Affairs, MHA)とSPSが死刑囚の執行スケジュールの調整を担当している。「慣行」(the Practice)に基づけば、これらの文書を扱う刑務所職員は通常、法律の専門訓練を受けていないため、通信や書簡などの関連文書を定期的にAGCへ開示することが、死刑執行前に執行に影響を与え得る法的問題(法律扶助や恩赦の申請など)を十分に考慮し、専門的な助言を求める上で有益であるとされてきた。
しかしながら、この「慣行」は上訴人であるSuhail氏が親族に宛てて送った手紙には適用されない。Suhail氏の過去の関連事件「CA/CCA 38/2015」を担当した副検事(Deputy Public Prosecutors)は、SPSに対して当該手紙の写しの提供を求めた一方で、AGC自体にはこのような手紙を取得する権限がないとも主張していた。裁判所は、このような手法は確かに疑念を抱かせるものであると判断した。ただし、本件は私人間で交わされた手紙の開示が関連する刑事訴訟に与えた影響を問題にしているわけではなく、当該開示によって上訴人がどのような私法上の救済を主張する権利を有するかという議論に留まっている。
AGCおよびSPSの行為の違法性を確認
現行のシンガポール《刑務所法》(Prisons Act)および《刑務所規則》(Prisons Regulations)に基づけば、刑務所職員が受刑者の往復通信を閲覧し複製することは認められているものの、受刑者と弁護士との間の通信を複製および留置すること[2],ならびにこれを第三者と共有することは禁止されている。しかし裁判所は、刑務所または公衆の安全と秩序を維持するためであれば、SPSは法律上の助言を求める目的で、関連機関に対して受刑者の手紙の内容を開示することができるとの見解を示した。それにもかかわらず、このような開示は「助言を必要とする具体的な問題」および「助言を提供する上で必要な人員」に限定されなければならず、開示された手紙の秘密性を確保するための制度を構築しなければならない。 — たとえ「慣行」が存在していたとしても、AGCが関連するプロセスを構築していなかったことは明らかである。裁判所はさらに、例外的に開示が認められる場合であっても、それはAGCが主導的に受刑者の通信の開示を要求できることを意味しないと明確にした。
以上のことから、裁判所は、たとえAGCとSPSが是正措置を講じたとしても、上訴人の通信の所有権および上訴人が享受すべき秘密性とプライバシー権を確認することにおいて、宣言的救済(declaratory relief)は当事者および公衆の双方にとって重要であると指摘した。そのため、ここに次の通り確認する。(1)AGCが上訴人の同意なくその通信内容の開示を要求したことは違法である;(2)「慣行」に基づくか否かを問わず、法的必要性、裁判所の命令、または上訴人の同意がない状況において、SPSがAGCに対して受刑者の通信を開示したことも違法である。
受刑者の通信のプライバシー保護について
一部の開示は秘密保持規定に違反
秘密保持義務違反が成立するためには、次の2つの要件を満たす必要がある。(1)係争中の情報に秘密保持の必要性があること。(2)開示側が秘密保持義務を負う状況において当該情報を開示したこと。本件の係争対象となった通信を観察すると、最高裁判所(Supreme Court)、裁判官、およびシンガポール警察部隊(Singapore Police Force)に宛てた手紙や、シンガポール大統領に恩赦を求める手紙については、理論上、秘密保持の問題は生じないため、その開示は秘密保持規定に違反しない。
しかし、委任弁護士との往復書簡や、弁護士会などの組織に対する苦情、相談、支援要請の手紙、あるいは親族や友人に宛てた手紙については、当該通信が訴訟に用いられる性質(したがって、法律相談特権や訴訟特権によって保護される)または私的な性質を持つため、秘密が保持されるべきである。裁判所は、これらの手紙について、AGCとSPSによる開示が秘密保持規定に違反していることを確認した。
刑事手続を通じて救済を求めることがより適切
上訴人が求めた救済に対し、裁判所は以下の決定を下した:
(1)通信が開示されたことによって刑事訴訟の不公正を招いた場合(例えば、有罪判決や量刑への影響、自然正義の原則(rules of natural justice)への違反など)は、民事上訴手続ではなく、刑事見直し手続(criminal review proceedings)を通じて処理されるべきである;
(2)本件において国際刑事裁判所(International Criminal Court)の救済実務に関する条項を適用することは不適切である。なぜなら、その手法は実質的に見直し手続に関する規定を回避することになるからである;
(3)伝統的な不法行為法における賠償の範囲において、秘密保持義務違反を懲罰的損害賠償の請求権の基礎とすることはできず、また上訴人もこのような賠償が認められ得る他の法的根拠を提示していない。
裁判所が付け加えた説明によれば、本件の上訴人は、衡平法上の補償(equitable compensation)、衡平法上の損害賠償(equitable damages)、または利益吐き出し(an account of profits)といった衡平法上の救済を請求する権利も有しない。
受刑者の通信の著作権保護について
手紙の複製は著作権侵害にあたる
本件では、計3名の上訴人が、発信した手紙を複製されたことについて著作権侵害を主張した。また、これらの複製は、一部の手紙の複製権限を認めるシンガポール《刑務所規則》第127A条が施行される前に行われたものであり、AGCとSPSも自らの複製行為がシンガポール《著作権法》(Copyright Act 2021)に違反する恐れがあることを否定しなかった。
しかしながら、裁判所は一審の決定に同意し、この部分の請求について宣言的救済を行う必要はないと判断した。なぜなら、このような確認は上訴人のいかなる責任、不利益、または困難を実質的に軽減するものではないからである。その上、一審が名目的賠償を認めたという事実から見ても、技術的な著作権侵害(technical infringement of copyright)が存在することは明白であり、したがってこのような確認は実質的に冗長(superfluous)である。
裁判所はさらに、宣言的救済の付与は格段に慎重でなければならないと強調した。過去の判決[3]でも述べられているように、もし裁判所が確認命令(declaratory orders)を下す権限を乱用すれば、公衆が恣意的にその権利の確認を求めることを助長し、被告を困惑させると同時に、訴訟資源を浪費することになる。
上訴人が獲得できるのは名目的賠償のみ
一審がわずか10シンガポールドルの名目的損害賠償金しか認めなかった点について、裁判所は、懲罰的賠償や法定賠償、あるいは被った損害の程度に基づくかを問わず、上訴人は付加的損害賠償(additional damages)を請求することはできないと指摘した。なおかつ、上訴人が提出した訴えの趣旨(prayer)において、名目的賠償を求めることが明記されており(手紙の複製が経済的利益を得るためではなく、上訴人が被った経済的損失も大きくないという理由による)、その後もこの立場を変更しなかった。
さらに、本件の事実、関連する調査、または上訴人の陳述のいずれからも、前述の著作権侵害が直接的にいかなる金銭的損失をもたらしたかについて証明または示唆されておらず、唯一考えられる損失は、AGCが上訴人の論点を事前に把握することで訴訟上の優位性を得たという点のみである。それにもかかわらず、関連する刑事申立て(criminal motions)においては、上訴人の刑事訴訟手続の完全性が、通信の開示によって不利益な影響を受けていないと裁定されている。
名目的損害賠償の金額が低すぎるのではないかという点について、裁判所は、認められた金額は名目的損害賠償金および裁判官の裁量権の範囲を逸脱しておらず、一審は合理的に裁量権を行使しており、乱用や法則への不遵守の疑念はないと言明した
結び
理論上、受刑者の権利も公平に保障されるべきであるが、公衆の安全の維持や刑務所の秩序確保といった必要性に基づき、受刑者のプライバシー権が少なからず制限を受けることは事実である。台湾においてはこれに関して明確な規定が設けられており、例えば『監獄行刑法』第74条は「検査」と「閲覧」についてそれぞれ刑務所職員に権限を付与しており、後者の権限はさらに「完全禁止」と「部分許諾」の2つに分類されている。
また、本件における著作権侵害の争いに対する処理も非常に興味深い。裁判所は、宣言的救済によってAGCとSPSの侵害事実を確認することを明らかに好まず、「技術的な侵害が明白に存在すること」を理由に確認の必要性を否定した。――これに対して、秘密保持とプライバシー権の問題こそが、本件において確認の重要性と必要性が存在する部分なのである。
備考:
- [1] Syed Suhail bin Syed Zin and others v Attorney-General [2024] SGCA 39.
- [2] Prisons Regulation 127A.
- [3] Wing Joo Loong Ginseng Hong (Singapore) Co Pte Ltd v Qinghai Xinyuan Foreign Trade Co Ltd and another and another appeal [2009] 2 SLR(R) 814 at [178].
責任編集:盧頎
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